玉川台の家は倒産したキングホームの営業本部長だった時に親会社・五黄興産から借りたものだから、もともと正式な賃貸契約などないのだ。したがって契約書などあるはずもないし、三年分の家賃前払いなどでっちあげもいいとこなのだ。そのうえ乱暴なことに、すでに倒産している五黄興産の実印を持っていなかったO氏は、別の書類に押されていた実印の印影を切り取って偽の契約書に貼り付けたのである。これは有印私文書偽造にあたるが、O氏にしてみれば丸裸で放り出されるかどうかの瀬戸際で、そんなことなど気にしている場合ではなかった。
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驚くべきことに、この偽の契約書に対して裁判所からはなんのクレームもつかなかった。当時を思い出してO氏は言う。「裁判所ってのは、薄暗いんだよ。だから、その契約書が偽造したものかどうかなんて誰も気づかないんだ。証拠として提出したんだから、相手側の弁護士だってちゃんと見てる。見たうえで、はい、分かりました、と言ってるんだから笑っちゃうよ」裁判はむろんのこと原告側の勝訴に終わる。契約書が偽造であったことには誰も気づかなかったが、この契約は都税未納で東京都が五黄興産の建物に対して差し押さえを実行した後の日付で結ばれていたことから、そもそも効力がなかったのである。せっかく作った契約書も細かい配慮に欠け、役に立たなかったわけだ。ただ、O氏はここで、裁判というものは何かを述べ立てながら対抗したほうが絶対に得であることを学んだ。専門家や法律に明るい人間なら馬鹿らしくてやらないようことでも、何もしないよりはやったほうが得だと気づいたのだ。